百日咳ワクチン(DPTワクチン)の歴史:その1

ほんの数年前、日本では赤ちゃんが最初に接種するワクチンはBCGか三種混合ワクチン(DPT)でした。日本では1968年から導入されたDPT(DPT)ワクチンですが、幾つかの転換点やエポックメイキングな事がありました。それをいくつかまとめてみたいともいます。

百日咳について

 文章で説明するよりも動画を見たほうがいいでしょう。

 いきなり無呼吸発作から始まり、しばらくすると笛の音のような吸気音( whoop)から発作性痙攣性の咳から断続的に起こります。酸素がうまく取り込めないので、顔色が悪いです(チアノーゼ)。息を詰めて呼吸するので顔面の静脈圧が上昇し、まぶたが腫れているのがわかります。透明なたんも大量に出て苦しそうです。

 一般的に月齢が早いほど重症化しやすいのです。無呼吸発作から痙攣・呼吸停止さらには脳症を引き起こすこともあります。私が見聞きした例では治療に数百万を費やした事例もあり、残念ながら命を落とすこともある疾患です。

 百日咳は最近の日本ではあまり見聞きしませんが、わからない所で流行していることもあります。

百日咳ワクチン-日本の場合

 日本では1958年頃から百日咳入りのワクチン(P)が使われ、1968年から全国で破傷風トキソイド(T)ジフテリアトキソイド(D)の3つの成分が入ったDPTワクチン接種が始まりました。しかし、その後百日咳ワクチンの成分によるものと思われる脳症報告があったことから、DPTワクチンは中止になりました。接種年齢を上げて再開したものの接種率は上昇せず百日咳は蔓延することになりました。また、肝心の赤ちゃんには接種できなかったために多くの赤ちゃんが犠牲になりました。

 DPTワクチンで2名の死亡事故が発生したとされています、しかしDPTワクチンが中止・接種率が低下してからは、感染者は1万人から3万人にも及び、死亡者数は20-113人とも言われています(典型的な百日咳以外は診断するのが難しく、資料により幅があります)。

 ワクチンで亡くなった2名と、ワクチンを中止することで亡くなった20-113名と、どちらが尊いか、そういった比較は出来ないとは思います。しかし、日本でアンチワクチンとも言える本では、DPTワクチンを中止してもジフテリアが増えなかったという話はあっても、百日咳は増えて多くの犠牲者が出たという話は一切出てきません。『病気で子どもが死ぬのは自然なことだから仕方がないが、予防接種による被害は人為的なことなのだから許されないという「価値観」』(「安全な食べもの」ってなんだろう? 放射線と食品のリスクを考える 畝山智香子)から来るものでしょうか?

 多くの人は病気で死ぬ子どもも予防接種による被害を受ける子どもも両方少なくしていきたいと思うことでしょう。百日咳ワクチンで脳症の原因とされる成分(wP, whole cell pertussis 全細胞性百日咳)をなくした成分ワクチン(aP, acellular pertussis 非細胞性百日咳)へと変更し、日本では世界的にも早い段階(1981年)からDTwPからDTaPに切り替えています。もともと脳症を起こしやすい百日咳なので、その全細胞を用いれば脳症を起こしやすいのは当たり前といえば当たり前かも知れません。

 当時は日本ではワクチンの研究が世界的に見ても先駆的に行われていた時代でした。
(以下続く)
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