HPVワクチン接種表明を強要することについて

お断り

 こちらのブログは適宜更新しています。

悲しい話

 先日某医療系のメーリングリストで悲しいお話がありました。正直打ちひしがれていました。

 個人名は明かしませんが、今後こういう問題は他のところでも出てくると思うので、敢えて書くことにします。

 そのメーリングリストでHPVワクチン(子宮頸がんワクチン)の話になりました。その中で、「HPVワクチン推奨している人たちは、自分自身やその家族(妻・娘)にも接種しているのだろうか?」「(メディアなどでHPVワクチンについて発信している女性医師)がHPVワクチンを接種していないのは何故なのだ」という話になりました。

 私は「成人女性であれば自分のライフスタイルを考えて接種を決めるべきで、他人からとやかく言われる必要はありません。」「不安や疑念があるからということで許されるならば、不安から生じたと思われるヘイトスピーチすらも許さなければいけない。」とお話しました。「質問という名前の暴力」という言葉も使いました。しかし、私の不徳といたすところで、話はどんどんヒートアップし、引用に耐えられない書き込みをする人もいました。

 そして、とうとうある人が(誰かは内緒でお願いします)。

私の家内にはHPVワクチンの適応はありません。
 とある事情により子宮を摘出しています。

 「どうして子宮を摘出したか」などを知りたい人がいれば、個人メールでお願いします。

 と書いたところ、話はようやく沈静化しました。いや、その前に管理者がコメントしたのが原因かもしれません。正直管理者がコメントしなければ「いくら子宮を摘出しても、HPVワクチンは禁忌ではない。どうして接種をしないのですか?」「やはりHPVがらみの子宮頸がんで子宮を摘出したのですか?」くらいの「質問という名前の暴力」が来てもおかしくないくらいの勢いでした。既婚女性であっても、医学的な禁忌ではないのにどうして接種していないのか、という意見もありましたから。

 念の為に書いておきますが、ML参加者全員が医療関係者です。子宮頸がんに罹った関係者がMLにいるかもしれない可能性は指摘されてた上での質問なので「私は子宮頸がんのため、子宮もお腹の赤ちゃんも失いました」とか「私の家内は子宮頸がんのため、私と子どもを遺して亡くなりました」という返事が来たら流石に「質問」は来ないでしょう、と言い切る自身は私にはありません。

 

3つの問題点

私には三つ問題があると思います。

不安と不信の行き着く先

 質問し続けた人たちの心象で、HPVワクチンに対して不安や不信があるのはあるのは分かりました。そう思いたくなる事例はあるのは分かっています。しかし、不安や不信についてはあくまで事実やサイエンスに基づいて議論すべきです。不安や不信が事実に基づかず無条件で許されるならば、不安・不信から生じたと思われるヘイトスピーチすらも私たちは許容しないといけません。個人的な不安・不信を第三者に押し付ける権利もありません。

男性しか声を上げない

 もう一つがこの話は全て男性の医療関係者で行われていたことです。一部の男性医療関係者がMLにいる女性に対して、私のところでは妻や娘に接種した(させた)けど あなた自身はどうですか、と回答を募る状況は、控えめに言ってもおぞましかったです(重ねて書きますが、この話題は医療関係者で行われていました)。この「質問」はグーグルドキュメントなどで行う、という話があったのですが、その後どうなったかは不明です。

FUDという心理的マーケティング手法

 最後ですが、一連の流れを読んで、私はFUD(エフ・ユー・ディー、ファド)という言葉を思い出しました。アンサイクロペディアの説明が興味深かったので、一部を引用してみます。

不安(Fear)、不確実(Uncertainty)、不信(Doubt)の頭文字を取った手法と定義される。分かりやすい事例としては

  • 「近いうちに大地震が来る」と不安を煽り、その被害から逃れるためにパワーストーンなどのアクセサリーを買わせる
  • テレビゲーム好きな子供に対して、「バカになるからゲームはダメ」と大声で叱る
  • 学校でうんこをしていた小学生に対して「コイツうんこしてたぞ!触られるとバイキンが伝染するから逃げろ~!!」と複数人で騒いで伝染病者扱いする

などが挙げられる。いずれも根拠が薄いか全くない(不確実)にも関わらず、大声で不安と不信を掻き立てることで「敵」を確立するのが特徴である。また周りを巻き込んで同調者を増やしていく特徴もあり、特に3点目の例は「バイキンが伝染する」という不安を前面に出すことで周りを強く巻き込める。その結果、日本では小学校のトイレで大便をしないことががデファクトスタンダードになっている。
http://ja.uncyclopedia.info/wiki/FUD

 かのMLで「質問」が続いていれば、そのMLでは「HPVワクチン推進派全てが家族を含めてHPVワクチンを接種し、なおかつそれを表明しなくてはいけない」ことがデファクトスタンダードになっていたかもしれません。

HPVワクチン接種を全員が表明しなくてはいけないのか?

 確かにSNSなどでHPVワクチン接種を表明した人たち(または娘に接種させると表明した人たち)はいます。彼らは激しいバッシングを受けていますし、明らかにノセボ効果(プラセボ効果と反対、簡単に言えば「呪い(少女たちへの「呪いの言葉」)」と思われる発言もあります。一部の人達は打たれ強いので平気かもしれませんが、そういった人たちばかりではありません。安易に接種を表明して要らぬノセボ効果を受ける必要はありません。

HPVワクチン接種の有無を「踏み絵」にする暴力性

 どうしてHPVワクチンを誰が打ったのかを気にする人がいるのかは不明です。ただ気にする人たちの多くは、現在HPVワクチンには懐疑的で自身の家族はHPVワクチンを接種している表明していました。「HPVワクチンを推奨するならば、自分たちや家族にも接種して安全性を証明すべき」ということなのでしょうか?逆に言えば、「HPVワクチンを家族に接種していないのなら、やはりHPVワクチンが危険だと思っているのだろう」ということです。このマウンティングな問いから逃れるために自身や家族の個人情報を出さなくてはいけないのだとしたら、もう脅迫です。

 「こちらがカミングアウト(しかも別人格であるパートナーや子どもたちの個人情報)しているのだから、そちらもカミングアウト(重ねて書きますが別人格であるパートナーや子どもたちの個人情報)するのが当然」というわけではありません。

 個人情報(バックグラウンド)を知りたいという一見素朴な疑問が行き着く先は、「踏み絵」です(そもそも踏み絵は、バックグラウンドを調べるものなので)。公衆衛生としてのHPVワクチンを議論するのに、自身や家族の個人情報を強制公開させる意味はあるのでしょうか?

 ワクチン接種の表明を強要されて、「私には子宮がありません」と悲しい答えをしなくてはいけない女性が減りますように。さらには、それがHPVワクチンと関連があるかを表明しなくてはいけない事態に巻き込まれませんように。

そんな意図は無かった、というあなたへ

「オレはそんなこと言っていないおじさん(お姉さんでも可)」

それでも知りたいという、あなたへ

 それでも「HPVワクチンに賛成するなら子宮を摘出したのか、それがHPVがらみで子宮を摘出したのか知りたい。」という人もいるかもしれません。

 あなたには分かってもらえるかは不明ですが、一応引用しておきます。

 「ゲイ疑惑」を否定しなかったマット・デイモンのコメントです。

「僕がそういった噂を一切否定してこなかったのは、怒っていたのと、それを否定することで、勝手にゲイと認定された友人たちの感情を損なうことをしたくなかったからなんだよね。ゲイであることを病気のようにいうなんて最低の行為だよ」
http://www.elle.co.jp/culture/celebgossip/Matt-Damon-On-Ben-Affleck-Gay-Bromance-Rumors-And-Playing-Liberace-s-Lover-12_1219

 HPVワクチンにコメントしている成人女性が、「HPVワクチンを接種した/接種してない」「子宮がある/HPV以外の理由で子宮を摘出した/HPVの理由で子宮を摘出した」と、「カミングアウト」することが真の議論になるのでしょうか?

 そんなカミングアウトを強要されるのであれば、だれもHPVワクチンについてコメントしたくはなくなるでしょうし、「やっぱりHPVワクチンは危ない」という印象を与える事もできます。「医療関係者の間でも、HPVワクチンについては異論がある」と言うことも出来ます(実際はごく少数の人がそういいたいだけ)。それらが目的であれば、誰が幸せになるのかは別としてFUDとしてのマーケティングは大成功です。

 これで分かってもらえなかったら、私の不徳と致すところです。

やはり脅し目的なのだろう

 なぜワクチン薬害が起きるのか 子宮頸がんワクチンは【遺伝子組み換え】製剤だったという本の中に、WHO事務総長(当時:マーガレット・チャン)の出身である中国ではまだHPVワクチンが定期接種化されていない、つまり、HPVワクチンを推奨するWHOの事務総長出身である中国の国民はHPVワクチンを接種していないのはおかしい、という記載があります。ここでは発言者にとくに意味はないので、名前は伏しておきます。

画像の説明

(後半の文章についての真偽は、各自で確認してください)

 この本が出されたのは2018年11月ですが、2018年5月ではすでに日本ではまだ認可されていない9価のHPVワクチン(Gardasil9)が認可され、多くの中国人女性が接種しています。その接種に漏れた人が日本にまできて当院を含めたトラベルクリニックでGardasil9を接種しているほどです。

 さて、中国でもHPVワクチンを接種するようになりましたが、果たして上記の人達はHPVワクチンを推奨するのでしょうか?しないでしょうね。

 要求に応じてこちらが接種しても、要求した側は何ら変わることはないでしょう。「(医学的根拠に関わりなく)お前のところで接種して安全を証明せよ」というのは、単なる脅しです。

誰が幸せになるのだろう?

 成人女性(既婚女性)にHPVワクチン接種の有無を尋ねることで、誰が幸せになるというのでしょう?

 先に挙げたアンサイクロペディアに、答えが書いてありました。

 不確実な根拠で不安と不信を煽っても誰一人幸せにはならない。

そもそも接種する側にメリットがなければ、接種をするべきではない

 某MLで話が噛み合わない理由の一つは、医学的メリットが無いのにどうして接種をする(させる)のか、という根拠が無いのに議論をしているからだと思います。

 HPV9が今後日本でも市場に出る予定(多分)ですが、余剰になったレガシーワクチンを医療関係者などが治験ボランティアをするという意見がMLでありました。

 この手の話は正直不快なので今まで黙っていたのですが、おそらく今後他のところでも出てくると思うので、説明しておきます。

タスキーギ梅毒実験再び

 タスキーギ梅毒実験については以前HPVワクチン絡みで説明したことがありますタスキーギ梅毒実験--虐げられる側の論理

 簡単に言えば、梅毒の治療が確立していたにもかかわらず梅毒の患者を治療せずに経過観察していたものです。治療が行われない結果、先天梅毒になる赤ちゃんもいました。被験者の多くは教育水準の低い地域の黒人でした。

 一世紀以上前の話でもなく、1932-1972年にかけて40年間、アメリカ合衆国公的機関が行っていました。1997年にようやくビル・クリントン大統領(当時)が謝罪するほどの問題になりました。

ベルモントレポート

 その後アメリカでは「ベルモントレポート(被験者保護のための倫理原則およびガイドライン)」が作られ、医学研究を規制する国家研究法(National Research Act)が成立しました。治験に関係する立場にあれば、当然知っておくべきものです。

ベルモント・レポートは、研究に関する責任の所在を明らかにするため、研究と診療は明確に区別されるべきことをまず述べます。そして倫理規範は、わずか3つの原則、すなわち、「人格の尊重」「恩恵(善行と訳されることもある)」「正義」にまで凝縮され、これらはそれぞれ、「インフォームド・コンセントの確保」「危険性と利益の評価」「被験者の公正な選抜」として臨床研究に適用されました。
ふくおか絵臨床研究審査委員会ネットワーク 2. 倫理規範の形成
(太字筆者)

別のところからも引用してみます。

  • 人格の尊重
    (研究参加者の人格を尊重し、研究目的やリスクをしっかりと伝える等)
  • 善行
    (社会的意義が少なく、またリスクの高すぎる研究は行わない等)
  • 正義
    (研究参加者を選ぶ際は、単に集めやすいという理由で選んではいけない等)

医療・研究倫理について(OHRS)

被検者の利益は何処にある?

 治験は被検者の利益を優先すべきです。医学的適応がない人が旧来のHPVワクチンを接種することに、何の利益があるのでしょうか?「人格の尊重」「恩恵」「正義」は何処にあるというのでしょう?

 「治験ボランティア」だとしても治験者にメリットがない治験を通す、倫理委員会(IRB)は無いはずです。

 もちろんHPVワクチンをする医療関係者や政治家がいるのは知っています。それは、安全性を自ら示し必要な人に接種を促す利益があるからです。「だったら必要性にかかわらず他の関係者も接種すべき」というロジックはありません。

まとめ

  1. 医学的理由があれば、年齢に限らずHPVワクチンを接種する権利が女性(男性にも)にはある。
  2. 接種することを、カミングアウトする必要はない。ましてや第三者に告白する必要もない。
  3. そもそも他人のHPVワクチン接種に関して、あなたたちに不利益もないでしょ。

その他

おまけ

 某ML内でもでた話ですが、他でも出てくるかもしれませんので載せておきます。

⚡️ 「子宮頸がん予防ワクチンが無意味」?

⚡️ 近藤誠氏は日本での百日咳を何故語らない?

参考サイト

 ワクチンに関わるFUDな話は、こちらをご覧ください。

The Culture of Fear (誰が煽っているのだろう)

百日咳ワクチン(DPTワクチン)の歴史:その2

 下のは、当院のブログです。

 MLでの「議論」で、福島の問題に似ているなと思いました。あえて福島の件と絡めて書いたことがもあります。こちらの説明が解りやすいです。

震災から7年たっても福島を「差別させる」のは誰か

追記(2019-09-07)

 最近になって男性へのHPVワクチンの有効性も確認され、定期接種化されている国も出てきました。集団面接(群れ免疫)という観点からは男女ともに接種したほうが理に適っています。

 さて、これでHPVワクチンは女性の専売特許ではなくなりました。医学的適応があれば、男性にも接種していいかもしれません。

 ところで、医学的適応を無視して「自分の家族にはHPVワクチンを接種したが、お前のところではどうなのだ」と聞いてきた人たち(男性)は、自分自信にも接種したのでしょうか?

 FUDの恐ろしさが垣間見えます。