HPVワクチンのお話2

「HPVワクチンのお話」の続きです。長くなったので、分けました。

ワクチンをするリスクとしないリスク:自閉症という事例を通して

XXさま、宮原です。

 以前から、ワクチンで含まれているチメロサールという物質が自閉症の原因になるのではという「うわさ」がありました。

http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA02931_05
http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA02933_07

 1998年にイギリスでウェイクフィールドという医師が「自閉症はMMRワクチン(麻疹・おたふく・風疹混合ワクチン)が原因」と発表しました。掲載した雑誌がランセットという比較的有名なものであったため、一般社会のみならず医学界に与えた衝撃は強いものでした。
http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA02935_04
 イギリスを始めヨーロッパではMMRワクチンの接種率が低下し、麻疹が流行する素地が出来上がってしまいました。

 さて、その論文ですが、調べてみたところとんでもないことがわかりました。反ワクチン団体の弁護士からからお金をもらい、論文を捏造していたのです。
 ウェイクフィールドらの研究について様々な面から検証が行われ、今ではMMRワクチンやチメロサールと自閉症との因果関係は、認められないとされています。ランセット誌も2010年にこの論文を取り消しています。その後ウェイクフィールドらは医師免許を剥奪されました。

http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA02937_07
http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA02939_06

 ウェイクフィールドは,ただ「データねつ造」という科学者として絶対に犯してはならない罪を犯しただけでなく,ねつ造に当たって弁護士から報酬を得たり,子どもに大腸鏡など不必要な侵襲的検査を実施したりと,多くの倫理違反行為を重ねた。

 ウェイクフィールドの件はさておき、私は今後2つの意味で問題があると思います。

 まずは、明らかなデタラメでワクチン接種率が低下したことにより、麻疹に罹る子どもが増えたこと。無事に治ればいいのですが、一部には障がいが残ることがあります。

 ちなみに私は0歳の頃、ワクチンを打たせない保護者を持つお子さんから麻疹になりました。今ではなんともありませんが、麻疹にかかった時は痙攣し数日間入院しました。もし、私に何かしらの障がいが残りった場合、感染元のお子さんが知ったら、そのお子さんの心境はいかがなものであっただろうかと思います。医学生になった時には、SSPEにならなくてよかったと思ったものです。

 もう一つは、インチキ科学の台頭です。水銀が自閉症の原因ならば、その水銀を取り除けばいいのではという治療方法があります。キレート療法と言います。金属を取り込むキレート剤を使用することで、体の水銀を取り除こうというのです。水銀以外の体に必要な金属も失われるためサプリメントを使用する必要があり、コストは高いです。何よりも、効果は実証されていません。

 2008年のTBS「報道特集」で、自閉症とチメロサールとの関係、更にはキレート療法についてなんの検証もされないまま報道されました。

 欧米ではウェイクフィールドを英雄視する人たちはいて、ワクチンの接種率低下、ひいては感染症蔓延の原因になっています。日本でも、未だにキレート療法に高いお金を払っている保護者もいます。

チメロサールと自閉症の関係について
http://www7a.biglobe.ne.jp/SuzunokiCC/thimero.html

 窮地に追い込まれている親は因果関係を誤解してしまうことは理解できるが,役に立たない科学者(junk scientists)やお金めあての弁護士,そしてすぐに真に受けるジャーナリストによって,親の不安が利用されるのは恥ずべきことである。

 私はそのとおりだと思いますが、XXさんはどう思いますか?

 ワクチンを接種する際にリスクとベネフィットを比べて、といいますが、私は「ワクチンをするリスクとしないリスク」を比べてみるといいと思います。ワクチン(チメロサール)で自閉症になるというリスクは限りなくゼロです。MMRワクチン接種率が下がることで麻疹が流行し一部の人は重症化するというリスクがあります。また、キレート療法など効果の怪しい治療法が跋扈するのも副次的なリスクかもしれません。

 さて、卒業論文の課題である「HPVワクチンのリスクを多面的に探る」という面からリスクを考えてみましょう。

 ワクチンをするリスクは、接種後の血管迷走神経反射です。これはワクチン以外でも採血でも起こりえます。失神時の対応が必要です。これ以外のリスクは確実なものはありません。不妊・民族浄化というのはデマレベルでしょう。

 ワクチンをしないリスクは、子宮頸がんなどHPVに関連した疾患が減らないことです。HPVワクチンのリスクを云々する人たちを見てみると、HPVワクチンをしない代わりに子宮頸がんを減らす方法(例えば検診)を主体的に行なっているかといえば、そうではないようです。彼らの言説を鵜呑みにする限り、子宮頸がんは激減することはないでしょう。
 HPVワクチン不妊説が流布した場合、HPVワクチンを子どもに勧めた保護者の心境はいかがなものでしょう?キレート療法と同じような、効果の怪しい治療法が跋扈するかもしれません。

 「HPVワクチンのリスクを多面的に探る」という場合、ワクチンをすると不妊になるというデマによるリスクというのも考えて行かなければいけませんね。

 よろしくお願いします。

追伸:
 ワクチンをしないリスクということで、三種混合ワクチン(百日咳・ジフテリア・破傷風)を例にあげておきます。百日咳にかかった赤ちゃんの動画です。
http://setagaya-syouni.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-1461.html

 日本では生後3ヶ月から三種混合ワクチンが接種できますが、6ヶ月からでいいという人もいます。しかし月齢が若いほど百日咳は重症化します。時に命に関わります。

陰謀論の構図

XXさま、宮原です。

 お返事遅れてすみません。

 卒論送っていただいてありがとうございます。読ませて頂きました。
 X先生を紹介してよかったと思います(X先生はXX党の話も出したのですね)。

 ミッシェル・フーコー(私は「臨床医学の誕生」を読んだことがあります)の名前まで出たら、私の出る幕はありません(笑)。

 なので、今後HPVワクチンと不妊と絡めた話はどうなるのか、というコメントだけにします。

 ワクチン(または医療)と不妊(人口削減計画)は以前からある陰謀論の一つです。
著名科学者が警告するHPVワクチンの危険性
ワクチン陰謀論に対する「考える」の大切さ、「信じる」ではなく。
陰謀論の一覧 8 伝染病に関する陰謀説 (Wikipedia)

 しかし、どうしてこういった役に立たないデマが繰り広げられるのでしょう?

 陰謀論について調べなおしてみました。私の知り合いが書いている本です。

検証 陰謀論はどこまで真実か パーセントで判定 [単行本(ソフトカバー)]
http://www.amazon.co.jp/dp/4286103048/

 その中で「僕は陰謀論というものを、神話の現代版だと思っているんです。」というのがあります。

 実際のところ、事故や事件に理由を求めるのは難しい場合がほとんどなのですが、人間は「なぜあの人が事故に遭ったのか」「なぜこんな事件が起きてしまったのか」ということについて、明確でわからない説明を求めあす。そのほうが、わからないまま心のなかに残っているよりは、心理的な安定を得られるからだと思います。
(中略)
陰謀論は、そういう心の不安定な状況につけ込んで、私達の心に入ってきます。心地よい話、規模の壮大さ、そして非常に明確な説明。まるで、体の調子が不安定なときに
風邪を引きやすいようなものです。

さらに陰謀論の構図で「インターネット時代に出てきた悪しき現象として、弱い立場の人でもほとんど嘘といっていい持論を解くことが可能になった。」とあります。

 現代社会は多くの人達は何かしらのストレスを抱え、さらに震災や原発事故で多くの人達の心は不安定です(でした)。そんな中、インターネットで、恐ろしくもわかりやすい情報が出てくるとなんとなく信じてしまう傾向はあるのかなと思います。

 実社会では無視されていてもインターネット(特にツイッターやブログ、youtubeなど)で年代を超えてミーム(文化を形成する様々な情報)の如く陰謀論は伝わってきます。HPVワクチンと不妊と絡める陰謀論(デマ)は今後も続くのでしょう。

 陰謀論は笑い飛ばすのがいいかもしれませんが、人の命が関わっているとそれだけでは済まされないのかもしれませんね。前にもお話しましたが、デマや陰謀論で命を落とす方もいるのですから。

 前述の本に載っている「陰謀論の構図」を紹介して、とりあえず終えることにします。
よろしくお願いします。

http://d.hatena.ne.jp/AmahaYui/20110427/1303865443

陰謀論の構図

  • 「陰謀の目撃者」の語る目撃談や「陰謀論の主要論客」の解説するところの「陰謀の構図」は、後になればなるほど脚色が加わり話が大きくなっていく。ひどいケースとして、目撃談が映画に採用されると、記憶の中の目撃談に再改変が加わり映像的に映えるシーンが加えられたりする。
  • 有名人、もしくは分野違いの専門家が論客になっている。彼らは広告塔や人寄せパンダとして利用されている。
  • 陰謀論者は持論への批判どころか、検証されることさえひどく恐れる。
  • 不自然なほど大手メディアを批判し、インターネット情報に頼り、”タブーに挑戦”を連呼する。
  • 持論の欠点を指摘されても直接の反論はせず、持論を繰り返すか論敵の欠点の指摘を持って反論とする。
  • 2次資料を多用する。
  • 陰謀論者は陰謀論以外ではぱっとした実績がないか、陰謀論を唱えることでブレイクした人が多い。また、地位や名声目的の人、金銭的に得はなくても陰謀論活動に携わることで充実感を味わいたい人、陰謀論普及を社会活動と考える人、草の根陰謀論に参画することに喜びを見出す人と動機は様々。
  • 陰謀論は面白いが、一般に面白い話には嘘が多い。
  • 規模も時代背景も異なる「実在した陰謀」を前例として引き合いに出し、「陰謀論」を説く。
  • 公式の証拠が多いと「不自然すぎる」と文句をつけ、少ないと「これしかないのか」と言って、どちらのケースでも納得せず陰謀論を持ち出す。
  • そのものずばりのダイレクトな証拠がなく、証拠を関連付けて説明しないと事実関係が分かりにくいケースに陰謀論者は付け込み、「なぜ決定的な証拠がないのでしょうか?」と因縁をつける。証拠の総量が膨大でも、その内容は解説しない。
  • 「陰謀論ファン」の好みそうなジャンルに陰謀論者は目をつける。いわば、拍手する側とされる側の共犯関係が成り立ちやすいところに陰謀論を繁殖させる。
  • パッと聞いてあまりに話がトンデモナイ。
  • 引用に間違いが多い。伝言ゲームの世界。自分でデタラメな説明をして”こんなデタラメがまかり通っています”と言う自作自演を繰り返す。
  • 誘導尋問を多用する。たとえばその手法は、持説に都合のよい情報のみを聴衆に提示し、「我々は事実を示すだけで、何が真相か結論を下すのは皆さんです」と、公正を装う。論敵にも同じ情報を提示し、「これを見てどう思いますか」「これだけを読んで公式説が正しいと言えるのですか」と、イエス・ノー式の単純な回答を、しかも即答せよと迫る。論敵が単純な回答をしないのを「(単純)明確に答えられない」即答できないのを「口ごもった」と批判するためである。また、多数の情報が公開済みであってもあらかじめ情報を限定して披露し、持説に都合のよい回答しか出てこないパターンを作り上げる→(1)
  • 議論で追い込まれた場合、もしくは陰謀論を否定せざるを得ないような場合、「わかりません。だから再調査が必要なのです」という逃げの一手に出る。→(2)
  • 「真相究明」を叫びながらも、自己判断すると公式説に都合のいい(持説に都合の悪い)返答をせざるを得ないことを絶対に避けるため、「自分たちの目的は公式説の疑問点を提示し、再調査の開始もしくは皆を納得させるような回答を要求することにあります」と返答する。→(3)
  • 上記3パターン(1)~(3)は陰謀論者内で想定問答集としてマニュアル化されている。
  • 巨大権力が100の嘘をつけば、対する民間人陰謀論者は「それよりまし」「民間人の嘘で戦争が起きるわけではない」と言う感覚で、自分の嘘を99まで正当化する。
  • 陰謀論の展開方法が進歩どころか退歩の一途を辿り、旧ファン・長期ファンに見放されても、一見さんのファン、新規ファンが参入するため陰謀論は存続する。また、一般の人から相手にされなくとも特定少数の熱狂的ファンが存在すれば陰謀論システムは自己完結し存続できる。
  • 一般メディアや公権力から相手にされず、ただ無視されている状態を「彼らは私たちの問いの前に沈黙しました。私たちの勝利です」と勝ち誇る。
  • 持論の矛盾には気づかない。
  • 「もし私たちの言い分に信憑性がないなら、なぜ長い間これほど多くの人が賛同してくれるのでしょうか」と言う言い回しを多用する。
  • 「反権力」「反権威」に魅せられた人々はだまされやすく、陰謀論者はそれに付け込む。
  • 事実関係再現における「正確さ」を無視して持論を説くが、正義や倫理と言う面での運動方針・活動方針の「正しさ」を盾にして反論を封じる。
  • 陰謀論者には政治的に偏向している人が多い。
  • 事象に関連する報道や証言、証拠の絶対数が膨大な場合、全体の一万分の一しか不審なアイテムがなくとも「陰謀を裏付ける200の証拠」の提出は可能で、陰謀論者はそこに付け込む。
  • インターネット時代に出てきた悪しき現象として、弱い立場の人でもほとんど嘘と言っていい持論を説くことが可能になった。
  • 公然と権力者が嘘をつけばメディアやインターネットで袋叩きに会うが、”被害者””遺族””勇気を出して他人を救った英雄”が同じ行為に出た場合、突っ込みにくいため嘘が蔓延する。
  • 故デイヴィッド・ハルバースタムがかつて、「軍事的知識のない人が軍事問題に興味を持つと陰謀論のとりこになる」「民主主義国家が恐怖政治国家を必要以上に恐れると、恐怖政治国家の皮をかぶってゆく」と言ったことがある。前発言は自分が無知で理解ことを「陰謀だ」と言い張り陰謀論者と貸す民衆を言い表し、後者は赤狩り時代、レーガン政権時、ブッシュ・ジュニア時のアメリカの政治状況を示している。ブッシュ大統領は退任時まで「大統領時代の一番の心残りは大量破壊兵器が見つからなかったことだ」と、最後まで誤りを認めなかったが、権力を持たない民間人が陰謀論者と貸すと権力者の傲慢が乗り移る。

おまけ「マトモな議論の特徴」

 メールには出しませんでしたが、前項で引用した同じページに「マトモな議論の特徴」というのがあります。これも引用しておきます。

マトモな議論の特徴(奥菜秀次作)

  • 前例と、比較する事例の間にある時代背景の差、環境の違いを考慮して論じている。
  • 写真、証言、物証、報道等の資料のバランスがとれている。

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