髄膜炎菌ワクチンが必要な子供たちのために
メナクトラ筋注が発売です
先日、サノフィパスツールから髄膜炎菌ワクチンである「メナクトラ筋注」が発売されました。多くの方にとって「髄膜炎菌」というのはあまり聞き慣れない言葉かもしれません。しかし、一部の方にとっては大変重要ですし、髄膜炎菌ワクチンは必要なワクチンなのです。
子どもが接種する「髄膜炎ワクチン」というのがありますが、これは肺炎球菌とインフルエンザ桿菌b型(ヒブ)を対象にしたものです。商品名は、それぞれプレベナー13およびアクトヒブと言います。これらのワクチンのお陰で、肺炎球菌/ヒブによる髄膜炎は激減しました。髄膜炎菌はこれらの髄膜炎ワクチンでは効果が無いのです。
昔は日本でも髄膜炎菌の流行が有りましたが、近年は非常に減りました。それでも「1999年以降、2013年3月まで、毎年7~21例の報告があった」ということです(国立感染症研究所:侵襲性髄膜炎菌感染症 2005年~2013年10月 。少ないと思われる方もいるかもしれませんが、重症度・死亡率の高さ・それに伝播しやすいこともあり、注意して見守る必要があります(日本でも高校の寮で流行しました)。
そもそも髄膜炎菌って
そもそも髄膜炎菌ってどういうものでしょう?軽症では肺炎程度で終わってしまうこともありますが、劇症型というのもあります。死亡率が高まります。侵襲性髄膜炎菌感染症をIMDと言いますが、IMD情報センター(メナクトラのメーカーが作りました)に詳しいです。
髄膜炎菌ワクチンってどういうのなの
日本で認可されている髄膜炎菌ワクチンはメナクトラ筋注一つのみですが、世界には幾つもの髄膜炎菌ワクチンがあります(逆に言えば、それだけ髄膜炎菌が世界にとって脅威なのです)。
多糖体ワクチンと結合型ワクチン
髄膜炎菌ワクチンには大きく分けて、多糖体ワクチン(meningococcal polysaccharide vaccine)と結合型ワクチン(meningococcal conjugate vaccine)に分けられます。簡単にいえば多糖体ワクチンは免疫誘導能が低く、現在の流れでは結合型ワクチンに移行しつつ有ります。メナクトラ筋注も結合型ワクチンです。
血清群
髄膜炎菌は莢膜多糖体(外側の壁)の違いから少なくとも13 種類(A, B, C, D, X, Y, Z, E, W-135, H, I, K, L)の血清群に分類されます。起炎菌となりやすいのが、A,B,C,Y,W-135などです。
ワクチンは単独の血清型のこともあり、複数に対応していることも有ります。C型に対応していれば、MenCと表現します。また結合型ワクチンで4つの血清型(A,C,Y,W-135)に対応していれば、MCV4です。MenACWYとも書きます。メナクトラ筋注は、MCV4です。
結合型ワクチンの蛋白の違い
結合型ワクチンと書きましたが、多糖体抗原に各種タンパク質を結合したものです。結合する蛋白によって名称が異なります。ジフテリアトキソイドが結合したのが、Meningococcal polysaccharide diphtheria toxoid conjugate vaccine(MCV4-D)で、変異ジフテリア毒素(CRM197)と結合したのがMeningococcal oligosaccharide diphtheria CRM197 conjugate vaccine (MCV4-CRM)です(参考:国立感染症研究所:髄膜炎菌ワクチンについて)。
メナクトラ筋注は、MCV4-Dになります。
髄膜炎菌ワクチンを接種すべき人
社会的に必要な場合
イスラムの大巡礼(Hajj)参加者には義務付けられています。また北米の高校・大学入寮者も同様です。どちらも狭い空間で各種感染症が広がる場合があります。また、アフリカの髄膜炎菌ベルト(特に乾季)に渡航する場合も接種が必要です。
医療的に必要な場合
医療的に髄膜炎菌ワクチンを接種すべき方はいます。
- 補体欠損症:先天的に補体という免疫因子が欠損している場合、欠損した補体の種類によっては髄膜炎菌も含めて各種感染症に感染しやすくなります。
- 脾臓欠損:胃の横にある脾臓が機能的あるいは解剖学的に欠損している場合、上記と同様髄膜炎菌も含めて各種感染症にかかりやすくなります。
- ソリリス使用者:ソリリス(一般名エクリズマブ)は発作性夜間血色素尿症(PNH)や非典型溶血性尿毒症症候群(aHUS)に使用します。ソリリスは抗補体(C5)モノクローナル抗体で、使用すると補体欠損症状態になります。ソリリス使用前に接種する必要があります。
日本のメナクトラ筋注の悩ましいところ
髄膜炎菌ワクチンの各種説明をしたところで、悩ましい点を挙げてみます。
髄膜炎菌B群に対応していない
メナクトラ筋注はMenACWYです。つまり髄膜炎菌のB群には対応していません。ちなみに日本の髄膜炎菌では、B群が一番多いです。また2011年宮崎県にある高校の寮で流行したのもB群髄膜炎菌性髄膜炎です(IASR:宮崎県における髄膜炎菌感染症集団発生事例)。
MenBは作るのが難しいと言われていましたが、最近BexseroとTrumenbaです。生後2ヶ月から接種できるのがBexseroで、2013年アメリカのプリンストン大学でB群髄膜炎菌が流行した際に、当時無認可だった当ワクチンを緊急接種したことがあります(国立国際医療研究センター病院 国際感染症センター Disease Control and Prevention Center (DCC)。
B群髄膜炎菌は決して対岸の火事ではないことは、知っておいてください。
ついでに言うとBexseroは非常に高く、非常に痛いです(体験談)。
赤ちゃんにメナクトラ筋注は接種できない
メナクトラ筋注の添付文書には、
小児等に対する有効性及び安全性は確立していない (国内において低出生体重児,新生児,乳児,2歳未満の幼児に対する使用経験はなく,2歳以上の幼児,小児への使用経験は少ない)。
と記載があります(追加:海外では9ヶ月から接種は可能です)。
もう少し詳しく見てみましょう。アメリカの厚生省にあたる(CDC:本当は厚労省よりも実力がある)のサイトでは
Menactra
Children 24 months and older who have not received a complete series: Administer 2 primary doses at least 8 weeks apart. If Menactra is administered to a child with asplenia (including sickle cell disease), do not administer Menactra until 2 years of age and at least 4 weeks after the completion of all PCV13 doses.
と記載があります(太線当院)。
具体的には、
Data show that the MCV4-D vaccine (Menactra, sanofi) may interfere with the immunologic response to PCV13 if these two vaccines are given too close together. So ACIP recommends that MCV4-D not be administered until at least 4 weeks after completion of the age-appropriate PCV13 series.
ということであり、小児肺炎球菌ワクチン(プレベナー13)を接種している間はメナクトラ筋注を避けたほうが無難です。
しかし、赤ちゃんでも髄膜炎菌のリスクは当然のことなら存在するので、
MCV4-CRM (Menveo) and HibMenCY (MenHibrix) do not affect the immune response to pneumococcal vaccine so can be given at any time before or after PCV13.
リスクのある場合は、MenveoかMenHibrixを接種するようにしています。
先天性心疾患で脾臓がない場合(無脾症候群)、髄膜炎菌など各種感染症のリスクは非常に高まります。無脾症候群の赤ちゃんでも、安心して接種できる髄膜炎菌ワクチンが日本でも認められて欲しいです。
メナクトラ筋注の保険適用がソリリス使用者しか通っていない
外資系の宿命かは不明ですが、国が認可したメナクトラ筋注の値段は高いです。自費で接種する場合は2万円以上するでしょう。
メナクトラ筋注は保険適用で接種できる場合があります。ソリリス使用時です。つまり、医原性に髄膜炎菌に感染しやすくなった場合です。しかし、先天性に脾臓が無い(無脾症候群)場合や先天的に補体が欠損してい場合、また後天的な理由で脾臓がない場合(交通事故などで脾摘・機能的無脾)場合には適応がなく、自費で接種する必要があります。
ちなみにソリリスの治療費は年間4000万ほど掛かりますが、原則全額公費負担になります。限りある医療資源についてもっと考えたほうがいいと思うのは私だけでしょうか?
おまけ
気になった方は、NEJMのCare of the Asplenic Patientを読んでみてください。あいにくMenBのことは載っていませんがが、参考になります。
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