HPVワクチンのお話4:名古屋市へのコメントなど

子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)に関しては、最近新しい話題が二つ出ました。

 一つは厚生労働省研究班の捏造「疑惑」で、もう一つ名古屋市が解析した「子宮頸がん予防接種調査速報」の『撤回』です。このどちらも、日本の医学史・ワクチン史に不名誉ながら残るであろうトピックスです。前者については色々なところで言い尽くされた感があるので、名古屋市の件についてすこし解説していきたいです。
 私も統計学はそれなりに勉強し続けているつもりですが、何かしらの間違いがあったらご指摘のほどお願いします。納得できるものであれば、素直に訂正します。

名古屋のデータ

 7万人ものデータを集めて子宮頸がんワクチンの因果関係なしと結論づけたとされる名古屋市の速報が、「撤回される」というニュースが出ました。その真相は、こちらのようです。

正しくは「速報と変わらず因果関係なし」 名古屋市子宮頸がんワクチン副反応疫学調査「事実上撤回」の真相

 私自身は名古屋市の「速報」は正しいものだと思います。ただ、上リンクの通り名古屋市が取った態度が残念なので、今後禍根を残す可能性があります。

査読を受けたものか不明

 「速報」が出て名古屋市のサイトを見た感想は「どうして名古屋市(名古屋市立大学)はちゃんとした論文にして投稿しないのだろう?」ということでした。
 
 名古屋市の発表はあくまで名古屋市のメディアで発表したものであり、何かしらの学術雑誌に投稿したものでは有りません。学術雑誌に投稿する場合、原則として「査読」という審査があります。査読とは研究者仲間や同分野の専門家が論文を評価・検証するものです。査読も色々と問題はありますが、査読という審査を通して、学説の堅牢性が一般的には高まるのです。

 しかし、名古屋市の発表では査読を受けた痕跡がありません。私は解析をした施設は素晴らしい成績を残したと思いますが、査読を受けない発表というのはどうしても信頼性に劣ります。上記の記事を読むと査読(ピアレビュー)することを名古屋市が許さなかったのでしょう。

7万人と3万人の違い

 発表当初、「7万人もの回答だから正当性がある」という意見がありました。確かに7万人と数字は大きいものです。対象者は「平成27年8月12日時点で名古屋市に住民票のある、中学3年生から大学3年生相当の年齢の女性(平成6年4月2日~平成13年4月1日生まれの女性)」でその人数は、7万1000人を対象に実施し、43・4%にあたる3万793人が回答。つまり、6割弱の方が未回答です。

 私はこの手のアンケートで3万人も集まったというのはすごいことだと思うのですが、7万人という数字が先行してしまうと、残念ながら見劣りします。

 統計の用語に「検出力」というのがあります。実際に差がある時に,それを正しく検定できる確率です。検出力は有効なサンプル数が多いほど高くなるので、3万人と7万人とでは差がでるでしょう。

データの正当性

 名古屋市は「改ざんを防ぐため」ということでデータをPDFファイルにしています。
http://www.city.nagoya.jp/kenkofukushi/page/0000073419.html

 データを解析する場合、普通はテキストファイルであるCSVファイルを使用します。そちらのほうが解析ソフトで処理しやすいからです。しかし、名古屋市が出したのはPDFファイルです。試してみるとわかりますが、「敢えて難しくしているんじゃないか」と思えるくらいエクセルで処理するのは至難の業です。

 幸いにも三重大学の奥村教授が頑張ってCSVファイルに変換してくれました。

http://oku.edu.mie-u.ac.jp/~okumura/stat/160629.html

 しかし、このデータは名古屋市が正当性を認めたものであありません。もし、他のところから別のデータが出てきて別の解析結果が出た場合、どちらのデータが正しいのか、どうやって検証するのでしょう?

アンケート後に発症するぞと言われたら?

HPVワクチン接種後に起こるとされる、MMF(マクロファージ筋膜炎)やHANS(HPVワクチン関連神経免疫異常症候群)では接種後数十年経ってから発症するとも言われています(私には理論はわかりませんが)。

こちらでも5年後に発症するかもしれない、と言及があります。

https://youtu.be/OOM9mc2r8JA?t=6m12s

 名古屋市のアンケートでは接種後のフォローアップは行っていないため、MMFやHANS症候群を信じている団体にとっては、この分析結果はあまり意味がないのかもしれません。

多くの検定を繰り返すことで、見かけ上の有意差が出てしまう

 薬害オンブズパースン会議が「副反応の症状は複合的で、一人が複数の症状を持っている。個々の症状ごとに接種者と非接種者との有意差を比べても意味がない」についてコメントしています。おそらくは、「検定を多くすれば、因果関係がなくても偶然に有意差が見つかる場合もある」という多重比較の問題を利用した「戦術」だと私は思います。

 この件についてはNATROM氏もコメントしています。

薬害オンブズパースン会議の「個々の症状ごとに比べても意味がない」という批判の解説

 たとえば5%の有意水準で検定するとします。「5%の有意水準」とは簡単に言うと100回試して5回は間違えるという意味です。平均して5%間違える試みを2024回やるのだから、それぞれの試行が独立していたと仮定すると、1回も間違えない(有意差が出る)可能性は(1-0.05)^2024(0.95を2024回掛ける)であり、限りなく小さいです(有意水準をもっと厳しく1%にしても2024回も検定をすれば小さくなります)。逆に考えると、2024回も検定をするとほぼ100%の確率で、少なくとも1つ見かけ上の有意差がでてしまうのです。

 NATROM氏も釘を差しているように本当に有意差があるかどうかは似たデータで同じ結果が出ないかぎり確認できませんが、「このデータで有意差が出た」と言い続けることは可能なのです。

やりきれない気持ちだけが残る

 どんな論文でもイチャモンつけようと思えばつけられますし、普通であれば反論する権利があります。しかし、名古屋市は政治的判断から反論権を取り上げ、かわりに扱いにくいデータだけを残して行きました。名古屋市は税金をかけて、一体何を調べたというのでしょうね?解析をした方々の心境を思うと、やりきれない気持ちです。

追加のコメント

 とにかく日本は、この問題に時間をかけすぎました。日本のHPVワクチンは導入当初と全く変わりはないのに、取り巻く環境が全く変わってしまいました。このワクチンは日本ではサイエンスの領域を離れ政治的問題になっています。科学的根拠をいくら積み重ねても解決できない状況です。このままでは海外でのMMRワクチンと同じ道をたどることになるでしょう。

 子宮頸がん検診だけで子宮頸がんが無くせるのであれば苦労はしません。HPVワクチンを接種するのか(子どもに接種させるか)の判断は最終的には個人の判断ですが、元となる科学的根拠についてはできるだけ正確に知ってから判断するべきだと考えます。

 また、心因性を否定するあまりHPVワクチン接種後の体調不良への治療が遅れてしまった方々が確実にいるわけで、どうやって治療にアプローチすべきか、「賛成派」も「反対派」も本気で考えて欲しいです。

追加の追加(2016-07-06)

 現在様々な人たちが名古屋市のデータを解析しています。しかしこのワクチンに反対している団体から今現在解析についてコメントがないのが残念です(こっそり解析中?)。

名古屋市の子宮頸癌ワクチンアンケート調査データの解析に挑む

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